7時ごろからトラックが駐車スペースが空いているのにかかわらず、一般車のスペースでアイドリングしている者がいた。
朝にはいなかったけどルールを守ろうよ。
でも僕は飲んでしっかり寝た。
このところ20時に寝て3時に起きるパターンが続いている。
それからトイレに行き、5時過ぎまで二度寝して寝袋を畳み、寝床を椅子にセットする。

今日は中山道の44番目の宿場町、落合宿から43番目馬籠宿、42番目妻籠宿を巡る。
初めに落合宿だ。
ここは本陣が残っているほかは昔の佇まいはあまり見られない。

まだ開いていなかったので写真だけ取らせていただいた。

そこから馬籠宿へ。
大きな無料の駐車場に停め、隣の馬籠館が9時に開店だったので待っていた。

しかし、9時10分を過ぎても開かないので出発した。
軽い坂道を登って行く。

殆ど誰もいない、店も閉まっている。
情緒ある街道だ。

猫がお迎えしてくれた。

永昌寺というお寺へ行ったが閉まっていた。

ゆっくりと散策しながら登って行く。

案内所でマップをいただいた。(スタッフの愛想が悪かった)

藤村記念館、島崎藤村の生家跡に資料館がある。ここだけ開いていたが入らなかった。

他は閉まっていたので先に進んでいく。
車道を渡りさらに登って行く。

展望台が見えてくる。

恵那山が見えるが少し靄がかかっている。

ここまでが馬籠宿で次の妻籠宿まで7.6kmある。
人が通れる中山道は残っている。

折り返して馬籠脇本陣資料館へ、閉まっていた。

柿が吊るしてある。

降りたところで中学生がバス4台分来た。
早く来てよかった。

10時過ぎに馬籠館に戻ると店は開いていた。
何時に開けたんだろう。

つぎに妻籠宿へ。駐車場は500円。
妻籠は実は長野県だ。

車道を渡りしばらく登ると妻籠宿に出る。
案内所で資料を頂く。

まず端まで行ってみる。
寺下の町並み。

上嵯峨屋、解体復元によって木賃宿であることが判明した。

延命地蔵。

下嵯峨屋、当初は長屋であった。

当時の庶民の暮らしぶりがわかる。

枡形の跡、直角に道をまげて敵をかわす。

郵便局は現役だ。

中は資料館も併設してある。

初期のポスト。

脇本陣、資料館、本陣とセットで700円。
脇本陣は林家が所有している。中は撮影禁止。

そのあと資料館に行き歴史を勉強する。

最後に本陣へ、島崎藤村の父が建てた。


鯉岩、鯉の形をしていたが地震で形が変わったらしい。

熊谷家住宅、長屋の一部。

中に入れる。

囲炉裏を囲んで食事をしていたんだろう。

駐車場に帰り、昼食をいただく、コンビニ内で作っていたチキンカツタルト、カレーパン、両方ともとてもうまかった。

これで岐阜の旅は終わり。
さあこれからどうするか、昨夜考えた。
ここで帰るのもいいが、せっかくコロナが収まっていてまた感染が爆発するかもしれない。
今のうちに行けるときは行っておこう。
そう考えて、富士山を観に行くことにした。
まず山梨に行く。
ルートとして高速道路で行く方法もあるが、松本経由で行き、松本城を見学することで国宝5城を制覇することになる。
明後日は土日になるので混むに違いない。
よって松本城は明日見ることにして、今日はできるだけ松本の近くまで行くとする。
国道19号線沿いには、多数の道の駅がある。
道の駅「大桑」。

乗鞍岳が見える。

道の駅「木曽福島」。

道の駅「日木木曽駒高原」。

懐かしい車がいた。

道の駅「木曽川源流の里きそむら」。

道の駅「木曽ならかわ」。

そして結局松本市に入った。
道の駅「今井恵の里」。

今日はここでお世話になる。

まだまだ長い旅になりそうである。
明日は松本城へ行く予定。
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