あの忌まわしい被爆から80年が過ぎた。
広島市長は今年も平和宣言の中で、核兵器禁止条約会議への出席を訴え、石破首相はあいさつの中で、核兵器禁止条約については一切触れなかった、
ただ、首相は一昨年に広島平和記念原爆資料館を訪れた時に、この耐え難い経験を決して風化させることなく、世代を超えて継承していかねばならないと感じたそうだ。
そして「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」と、原爆
犠牲国民学校教師と子どもの碑」に刻まれた正田篠枝さんの歌を詠まれ、
「核兵器のない世界」の実現と恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓う、と述べられた。
是非石破首相の時代に、核兵器禁止条約へのオブザーバーでの出席を実現して欲しい。
こうしている間にも、世界では戦争で多くの命が奪われている。
戦争体験者が空くなってきているからこそ、「世代を超えて継承」ということは、とても大事なことだ。
日本被爆協が原爆の悲惨さを訴え続け、その思いを若い世代に継承していることで、ノーベル平和賞を受賞したように、全世界に訴えていかねばならない。
それは、平和宣言にあるように世界中の為政者、特にまさに戦争を行っている為政者や原爆を正当化する為政者には是非広島を訪れて欲しいと思う。
またこの前の参議院選挙で、核を保有の正当性をほのめかした愚かな候補者にも、是非広島を訪れてその感想を聞いて見たい。
僕は被爆二世だ。
僕の祖母と父が被爆している。
父からは、何回か死ぬ目にあったという恐ろしい戦争体験や、原爆を受けた時の広島の惨状を聞かされてきた。
僕は父の思いを残すために、父が亡くなった後に父の被爆体験を「広島原爆死没者追悼平和祈念館」内に残した。
今でも父が語った戦争体験は、僕の心の中に蘇ってくる。
次には僕の子や孫たちに、継承していかねばならないと強く誓う。
決して風化させてはならない。
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・蝦夷の旅