道の駅「風早の郷 風和里」は、夜10時ごろまではバイクが訪れ、爆音でうるさかったが、それ以降は爆音はなくぐっすり寝れた。
4時ごろ起きてみると、向うの駐車場はトラックがいた。
こちらに停めて大正解。僕は道を走る車の音はあまり気にならない。
トラックの、しかも低音のドドドという音が苦手である。
さあ、今日はどうやって自宅に帰ろうかいろいろ考えたが、今治からフェリーに乗って奥村島に渡り、そこから大崎下島、豊島、上蒲刈島、下蒲刈島と渡って、呉から帰るルートにした。
岡村島までは、広島から何回か来たことはあるが、大崎下島の御手洗の町並みは観ていなく。今回ぜひ観てみたいと思った。
今治発が正午のフェリーだから、時間的にはかなり余裕がある。
まず、道の駅の道路の反対側に公園があるので行ったみた。
駐車場に車を停め、海岸の方に降りていくとよい景色が拝める。
左側は砂浜が広がっており、夏は海水浴で賑わうのだろう。
この場所はトイレもあるし、車中泊には向いていると思うが、夜8時には門が閉まるらしい。それでもOKなら最適だ。
そこを出て今治市に入り、まず洗車した。
ガソリンは入れなかった。四国は高い。南に行くほど高い。広島では125円とかあるけど高知では151円が最高だった。(ほとんどは147円)
今治港についたのが10時半ごろだったので当然一番だ。
港ビルを探索し、
FM放送局もあった。
レストランや売店はなかった。
時間が来るまで、昼食のサンドウィッチを食べながらテレビで国会中継を観た。
フェリーが来た。あまり大きくない。
車は10台しか乗れない。
空いているかなと思ったが、7台も乗った。
1階と2階に同じような客室がある。
四国と、さらばじゃ!
来島海峡大橋の下をくぐる。
なんとトイレはウォッシュレットが付いていた。
島を二つ乗り継ぎ、岡村港に到着する。
ここから本土に行くには7つの橋を渡る。
二つ目、中の瀬戸大橋。
橋を渡ったら左折し、御手洗地区に向かう。
市営駐車場に車を停め、すぐ前の休憩所でガイドブックを頂く。
すごいレトロな町並みを歩く。
天満宮がある。
この奥には「官公の井戸」があり、菅原道真が太宰府に流される途中にこの井戸で手を洗ったという。
旧金子家住宅。庄屋の金子家が接待のために建てた。
隣には現在の金子さんの家がある。
若胡子屋跡。いわゆる遊郭。
中は解放されている。屋久杉を使った贅沢なつくり。
庭には桜島の噴石を使った土壁がある。薩摩藩が出入りしていた。
どこもレトロな町並み。
大東寺。
満舟寺の石垣。戦国時代に積まれた。
高燈籠。石の太鼓橋を渡ると住吉神社がある。
平成の高燈籠。
船宿。
薩摩藩ご用達の宿。
レトロな病院。
七卿落遺跡。多田家の屋敷跡。今日は強風のため閉まっていた。
レトロな時計屋。現役である。
散髪屋。
旧柴屋住宅。
町並み保存センターになっている。
中に入るとお雛様が飾られていた。今日はひな祭りの日だ。
ひと周りし、車に乗って山を登ると歴史の見える丘公園にたどり着く。
御手洗の町並みが眼下に見える。
右側が岡村島。その向こうに見えるのが大崎上島。左の橋は中の瀬戸大橋。
良い展望台であった。
展望台を降りて四つ目の橋、豊浜大橋を渡る。
最後、七つ目が安芸灘大橋。この橋だけ有料である。ETCは使えない。
これでやっと本土に戻った。
呉から自動車専用道路、国道375号線に乗り、黒瀬で降りて熊野から海田大橋を通って、広島に着いた。
9日間の旅、あっという間だった。10月のみちのくひとり旅で1か月以上廻ったので今回は少し物足りなかった。
コロナ禍がどうなるかわからないが、時間が許せばまた旅に出ようと思う。
楽しかった!
おわり